2016/06/23

ポルトガル4日目 ポルト【ボルサ宮-Palacio da Bolsa:アラブの間】

2016/04/21(木)ポルトガル旅行4日目。
見学ツアーの最後はめっちゃくちゃ豪華な、このボルサ宮の”1番”の見所でもあるアラブの間ですっ!
スペインのアンダルシア州グラナダ県グラナダ市南東の丘の上に建つ、アルハンブラ宮殿を模して造られたといわれている、アラブの間。
今までの部屋とは、まったく雰囲気が異なります。



スペインに建ってる宮殿、アルハンブラ宮殿なんだけど、イスラム王朝800年の歴史!って建物なので、スペインな感じの宮殿ではありません。
興味のある方は、「ウィキペディア:アルハンブラ宮殿」を読んでみてね(*´∀`*)!

ポルトガルにいるのに、ポルトガルでもスペインでもない、「イスラム!」



イスラム語はまったくわからないので、なんて書いてあるのか想像もつかないんだけど…
柱や壁、ところどころにイスラム語が彫ってありました。

ポルトの経済力を見せ付けるために18年もの歳月と膨大なお金をつぎ込んで作られた部屋なんだって。



ボルサ宮の総額、今のお金に換算するといくらくらいかかってるんだろう…
なんて、夢のないことをちょっと考えてしまいます(;^ω^)

法廷の間、会議室、黄金の間って見てきて、今まではなんとなく「こんな感じで使ってたのかな?」なんて想像できたんだけど、このアラブの間は一体どんなときに使ったんだろう??
アラブ式パーティーとかやってたのかな?



トータル40分くらいかな?
これでツアー終了です。
ガイドさんに続いて1階に降りて、お土産屋とかお手洗いのあるとこで解散。

ボルサ宮の外観からは想像もできないきらびやかさと豪華さがあって、大満足でした(*´∀`*)
1つだけわがままをいえるなら、もーーーーちょっとだけゆっくりと各部屋を見たかったなぁ…

さて、こっからボルサ宮の裏手にあるサン・フランシスコ教会にむかいます!

('A`)<現在も公的機関として使われてるボルサ宮なんだけど、なにやってる場所なんだろう?


余談

このブログを書くのにあたって、建物の歴史とか調べて書き込んでいるのだけど。
様々な口コミサイトでボルサ宮はツアー開始とともに写真撮影禁止って書かれているんですよ。
私が行ったときのツアーは撮影禁止のアナウンスもなくて、ツアー客全員撮影していてガイドさんから注意もなかったんだよね…

次に進む部屋も、見てきた部屋も開けっ放しで他の言語でガイドしてるときなんかみんな他の部屋覗き込んだり(見えなくなる位置には行ってない)していたんだよね。
口コミサイトだと見た部屋には鍵をかけて…って書いてあったんだよね。

ツアー時間の関係なのか、ガイドさんの性格?なのか。
よくわかんないんだけど、ラッキーだった…のかなぁ???


2 件のコメント:

  1. にゃんもさん、こんにちは。

    ボルサ宮編は結構なボリュームでしたね。
    他のツアーで立ち入り禁止や撮影禁止だったのは、人が多いと1人のガイドさんで捌ききれないことも考慮して、なのかもしれないですね。
    写真撮影だけでも時間かかりそうだし。
    今も使われているとすると、そこで会議が行われていたかもしれないし。
    たしかにここはゆっくり回りたいですね。
    壁の細工1つとっても、既に失われた技術によるものかもしれない見事なものですよね。
    でも、ゆっくり見たら1日がかりかも。
    あと、徳川の紋がいま見れないのは残念ですね。
    ザクセン国の紋章で上塗りされちゃったんでしたっけ。
    鎖国でポルトガルとの国交を断絶しちゃったからかなぁ?うーむ。

    では、続きを楽しみにしています!

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    1. そうですね、時間によってはすごい人!のようなのでそういった時間は管理しきれないから撮影など禁止なのかもしれませんね(´・ω・`)
      ゆっく~りと見れたら最高!
      そんな時間を作っていただけたら(ないけどw)もっともっと、美術品とか建築のことを勉強しちゃうんだけどなw

      徳川の葵紋は、ザクセン王国の紋章の下に…ですです(;^ω^)
      やっぱり、アッシュさんのおっしゃる通り鎖国で国交がなくなっちゃったことが大きいんでしょうね…
      あのまま(鎖国したとしても)ポルトガルとの国交だけでも続いていたら、今も葵紋が掲げられたのでしょうかね?

      でも、今のザクセン王国の紋章の下すぐに葵紋があったおかげ?で、見つかってよかったです!
      これを機にもっと徳川幕府(日本)との歴史の研究が進んだら嬉しいですよね!

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